その男はまっすぐに立ち、
右手を伸ばして握手を求めながらこういった。
「こんばんは!」
ここは電車の中である。
座席に座っている握手を求められた男は
「知らないよ…」
とつぶやいて目をそらした。
その男と握手を求められた男は全くの他人であった。
その男は踵を返し、
反対側の座席に座っていた男にこういった。
「ちょっとどいて」
その男がそう言うまえに座っていた男は横に移動し、
その男の前には二人分の座席が姿を現した。
まるでモーゼが海を割るシーンを彷彿させる光景だ。
その男はどっしりと席に腰を下ろし、
体をひねって後方に流れる景色を見つめていた。
ぽかぽか陽気が気持ちいい、春の午後のことであった。
電車を降りた私は駅前の商店街を歩いていた。
商店街のはずれに近づいた頃、彼は居た。
彼はふらふらと往来を歩きながらつぶやいていた。
「キャリー
キャリー、キャリー
ドラキュラ、
キャリー」
発音はカタカナ的ではなく、Dracula、Carrie という感じだ。
彼はつぶやき続ける。
「キャリー、キャリー、ドラキュラ、キャリー、
キャリ・キャリ・キャリー
ドラキュラ・キャリー、
ドラ・キャリー」
「悪魔城ドラキュラ黙示録」というゲームソフトに
キャリー=ヴェルナンデスと言うキャラクターが出てくるらしいが、
関係は不明である。
ぽかぽか陽気が気持ちいい、春の午後のことであった。
冬頃にも彼を見かけた記憶もあるが…。
いつもどこかで、貴方のそばに。
〜狂人の居る町〜