一年ほど前、28歳にして人生で初めての金縛りにあった。
☆
ある夜、20時頃だったか、
食後睡魔に襲われてベッドで横になっていた時だった。
すぐに起きるつもりで横になったのに、
ふと眠ってしまっていたようだ。
目が覚めて意識はあり、妻が見ているテレビの音も聞こえている。
しかし、体は動かない。
子供の頃、
「夢のなかで起きたんだけど実は寝てた」
などということがあったが、
今回のこれはその時とは違う。
ほんとうに体が動かない。
力を入れても、体に何かが重くのし掛かり身動きがとれない。
それどころか、腕は何者かに強く押さえつけらている。
「これが金縛りか…」
妻は隣の部屋にいる。
どういう状態になっているか見てもらいたいが
声を出して呼ぶことも出来ない。
"左手の小指から動かすと金縛りから解放される"という話を思い出し、
実行に移してみるものの全く効果はない。
昔から一度遭ってみたいと思っていた金縛り、
実際に体が動かないこの状況はなかなか興味深い。
どうぜ完全に覚醒すれば良いのだろうと、
覚醒に向けて金縛りに遭いながら試行錯誤してみるが、
金縛りは一向に解けない。
しかし、
体が動かない原因としては、
まあ「頭は起きているけど体は寝ている」という
状態であることは想像に難くない。
ただ、
「体の上に何かが乗っている圧迫感」や
「うでを抑えつけられている感覚」はどこから来るのだろう。
如何せん眠たい頭で考えてもわからない。
なんせ実際半分寝ているんだから当然だろう。
どうせ動けないし助けも呼べない。
動けなくても息が止まっているわけではない。
そのまま寝て起きれば元に戻るだろうと思い寝ることにした。
☆
ぱたっと寝て目が覚めた時、すでに金縛りは解けていた。
とても貴重な体験だった。
体が動かないという現象は起こっても不思議ではないが、
新たに謎の現象を体験してしまった。
少しはハッキリした大脳を活用し、
金縛りで起こった謎の現象を考察してみよう。
☆
まず、わかりきっているものとして一つ。
「意識はあるのに体は動かない状態」だ。
これは定性的には簡単だ。
寝ているとき、夢を見ながら体を動かす人がいるが、
夢を見ていても体が動かない時もある。
体を動かすための神経にオン・オフがあるのだろう。
これがオフになっているときに、たまたま覚醒した状態が金縛りなのだ。
あるいみ、夢遊病の逆の症状だろう。
問題は、
今回自分で感じることのできた現象の方だ。
「体全体を動けなく抑えつけられるような圧迫感」と「腕を動かせない様に掴まれたような感覚」とだ。
幽霊に掴まれていたなんていうあほな結論は無い。
何か原因があるはずだ。
まず、金縛りに遭っていた時の状況を思い出すことにしよう。
「体が動かなくて…、あれ…?」
思い出してみると、どんな姿勢で金縛りに遭っていたのかわからない。
思い出せないと言うよりは、どんな姿勢だったのか分かっていなかった。
漠然とまっすぐ仰向けで寝ているような気がしていたが、
自分がそんな真っ直ぐな姿勢で寝ることは無いまずない。
意識はあり、
体が動かないことは認識できるのに、
なぜか体の向きや姿勢は認識できていなかった。
これは「謎の圧迫感」を解決する重要なヒントかもしれない…。
ちなみに、金縛りが解けて起きた時、
"やや横向きの仰向けで、布団をかけ腕を体の前で交差"していた事を覚えている。
金縛り中には布団のことなど意識していなかった。
これらを考慮すれば、「謎の圧迫感」の正体はこう想像できる。
体全体への圧迫感は「布団」の圧迫感であり、
腕を掴まれる感覚は自分の腕同士が重なる感触だったのだ。
そんなアホなと思うかもしれないが、
人間の感覚など大雑把なものなのだ。
いわゆる五感からなる神経系の情報と、
記憶などの既知の情報を脳がうまく合成し
"布団が体にかかっている"などの具体的な感覚として認識できるのだ。
無意識のうちにそういう方法で脳が物事を大まかに判別し、意識として認識される。
すべての情報を意識のうえで判別していたら身がもたないから当然だ。
金縛りに合っているときは体を動かす神経がオフになり、
同時に各関節の角度を意識できなくなり、
姿勢、向きなどの普通は意識せずにわかる情報もなくなっていたのだろう。
金縛りの最中、五感は一部機能していなかった。
音は聞こえていたが、視覚・嗅覚・味覚は機能停止、
残る触覚はある程度働いていた。
しかし、
皮膚から伝わる圧迫感だけでは何の原因による圧迫かわからない。
一見なんだかわからない情報をそのまま意識に上げるのは脳として不本意だ。
ちょうどそこにあった"体が動かせない"という事実をあわせることで、
布団による圧迫は「体が動かせない様な強い圧迫」として意識に上げられたのだ。
さらに、腕を交差している時の局所的な圧迫感は
「誰かに腕を動かせないように掴まれている」という形で計上された。
人間は、"脳が構築した情報"を意識下で運用することで生きている。
脳に伝わるべき感覚が何かで阻害されることにより、
脳は少ない情報から如何にもそれらしい回答を意識に送らなければならず、
実際とは異なるイメージを意識に送ることもある。
金縛りはそんな情報の誤伝達がもたらす現象なのだろう。
☆
金縛りを"だれかに抑えつけられて動けなかった"とか
"おばあさんが上に載っていた"という表現で表すこともあるだろう。
こういうイメージが脳に植えつけられている場合には、
金縛りにあったときに脳は飄々としてこの情報を意識に上げることができる。
意識からしてみれば既知の情報なのだから信用性は高い。
そしてそれが人々に風潮されることにより、
ただの金縛りは怪奇現象としての機能を持ち合わせるのだ。
うむ、自宅で何者かに掴まれて動けないなんて情報では怖くて夜も眠れないが、
脳の勘違いなら金縛りも怖くない。
今日も安心してぐっすり眠ろう。
■ 2011年11月22日 ■